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 その20 諸例2(後半)

 「例5」現場作業員:矢板打ち 大拓工業
”矢板打ち”というのを皆さんは御存知だろうか。基礎工事の中でも基礎中の基礎、 俗に言う、基礎工事である。半ば投げやりで入った所。しかし現実は正反対だ った。会社の規模はかなり大きい。10トンクラスのばかでかいクレーン車を3台 所有しており、その他、一台三千万円もするサイレントパイラー(矢板うちの機械) が一台ある。近くもう一台購入する予定だという。移動用のトラックも含め、その スケールの大きさが御想像頂けると思う。社長は大変な人格者で、非常に真面目な 人。背がスラリと高く、鼻筋が通っていて男前。普段は事務所でデスクワークをし ているのだが、暇になると自ら現場に出かけてユンボを動かしている。作業服が実 に様になっていて、これがまたかっこいいのだ。どうしてこのような人がこんな世 界にいるのだろう。実に不思議だ。作業が終わった後は社員一同、事務所で酒を酌 み交わすのである。何とも粋な計らいではないか。

作業員は現場によって幾つかの グループに別れており、私は社長の弟の元で働くことになった。この人がまたカリ スマ性のある人なのだ。勝新太郎と、萬屋錦之介(よろずや きんのすけ)と、 松方弘樹(ひろき)を足して三で割った ような人で、凄まじく分厚い胸板をしている。あの例のばかでかいクレーン車のオ ペレーターで、恐ろしいまでに腕っ節が強い。勿論、ガスや溶接も使いこなす。そ の上、自分でバールとかの工具を作ってしまうような人なのだ。私はあの手の顔は あまり好きではないのだが、おそらく、好きな人にとってはたまらなく好きに違い ない。一見、見た目は恐そうなのだが、話してみるとすごく面白い人。冗談ばっか り言って笑わせてくれる。頬っ被りをしてドジョウすくいの真似をしたりしてくれ るので、思わず笑ってしまうのである。そんなお茶目な一方で、あのクレーン車を 動かしてしまうのだ。よく座席の後ろに乗せてもらったが、ハッキリ言って、あれ は凄い。町中を巨大戦車で走り抜けるようなその圧巻振りには思わず感動してしま った。と同時に、男のたくましさみたいな物を感じ取ってしまった私であった。意 外にも、あの年で結構女にもてるのだ。女子高生の知り合いがいるらしい。クラブ かバーで見つけたのだろう。以前、用事で彼女のアパートへ出かけていたところ、 妻が怒鳴り込んで来たらしい。その時の様子を以下のように話してくれた。
「ワシ が女の所に居ったらのー、かみさんが怒鳴り込んで来やがってよー。部屋の真ん前 で、「『ここの男は所帯がありながら、よその女の所に転がり込んどるぞー!!』」 とか大きな声でわめき散らしながら、包丁でバンバン扉を叩きやがってからによー、 わしゃ、こわーて、よう外、出れんかったわい。必死んなって扉押さえとったけー のー。」
 これって一体何なんでしょう。皆さん、どう思いますか? 実は別の同 僚から、彼は共正会の幹部だったと聞かされた。嘘かほんとか知らないが。小指は 欠けていなかった様な気はするが・・・。 社長が身元引受人になっており、 社長から「あのクソガキャー。」と呼ばれている。 実際、何度か務所にも入っていることは 知っていた。なぜなら私によく冗談で、
「務所もなかなかええ所よ。おまえも一ぺ んワシと一緒に入ってみるか。」とか言っていたからだ。ガスや溶接もそこで覚え たという。そう言えば、一度ボソリと私に言ったことがある。「やっぱり暴力で人 を押さえつけようとするのは間違っとるよのー。暴力には暴力しか返って来んけー のー。」
 でも根はいい人。それに頭もすごくいい。世話好きで、親戚の子供の誕 生日には、必ずプレゼントを送っている。息子は近くの進学校に通っているという。 結局、今の様な管理社会に溶け込めなかった人間の一人なのかもしれない。しかし 心の奥底では、人間とはいかに生きるべきかを、一人もがき苦しみ模索して来た男 の苦悩と暖かみがあるのだった。

話しは跳ぶが、当時私は会社の寮に住んでいた。 ここで私は、ある若い男と相部屋だったのだが、これがまた凄い奴だった。私より 一つ下の18才。(当時) 高校を中退している。典型的な醤油がお、切れ長の目 は沖田弘之にそっくりである。逆三角形の上半身に分厚い胸ぐら、古代ギリシャの 彫像にでも出てきそうな、たくましい体つきをしている。性格はいったて真面目で、 仕事は全く休まない。私も高校時代には、小さな体にも関らず、人並外れた腕力を 誇っていたのだが、さすがに上には上がいるものだ。私より更に上をいく怪力の持 ち主で、おそらく社内で一番の力持ちであろう。(因みに、私の場合、町のゲーセ ンにあるパンチングマシーンをやらせれば、必ず一位か二位に入る。 (『当世時事辛口批評17』(民放キー局の球団経営) 参照。) )多少無口な ところは有るものの、そうかといって別に乱暴なところは全く無く、受け答えも紳 士的で、どちらかといえば聞き上手。気は優しくて力持ち、おまけに顔もいいし、 目上の私を立ててくれる。ひねくれたところは全然無いし、また、どうして中退な どしたのだろう。高校では随分女にもてたらしいが、おれは女は嫌いだし、好きな タイプがいないと言っていた。自分にはやりたい事があると一言、言い残し、単身 上京してきたという。田舎で農業を継ぎたくなかったのだろう。今時まれにみる好 青年だ。これが BOOY の曲が好きで、夜になると必ずステレオで鳴らすので、と にかく、うるさくてしょうがない。たまに便箋に何か書いている。実は保護観察処 分を受けているのだ。社から貰った給料でバイクを買い、無免許で運転していたと ころを警察に捕まってしまったのだ。それで月に一・二度、署に反省文を出してい る。しかしながら、警察所長からいたく気に入られたらしく、社長にわざわざ連絡 が入って、しっかり面倒を見てやるように言われたそうだ。道理でやけにバイクが 多いと思った。寮のまわりのポンコツは、全部ヤツの物なのだろう。一度250c cを運転させてくれたのだが、その時ペダルを壊してしまい、それ以来貸してくれ なくなった。社長からは絶大な信頼を得ており、18で現場の責任者を任されてい る。普通、あれだけ若ければ、どこかしらやっかみが入るものだが、彼の場合、不 思議とうまくまとまってしまうのだ。威張ったところは全然無いし、作業員一人一 人に対してまで気遣う心配りが有るので、男である自分が逆に惚れてしまうのであ る。ガスや電気溶接もできるし、日本にもまだこういう人材はいまだ健在なのだ。 どこか安心してしまった。そう言えば彼には一つ借りが有る。一人社の中に乱暴な 奴がいて、そいつと彼が、かなり仲が悪い。ある日、その乱暴なのが酔った勢いで 自分の寮に上がり込んできて、私は思わず一発、殴られてしまった。その時、歯が 折れてしまったのだが、自分は何一つ悪いことなどしていないのに泣いて謝るのは しゃくだし、そうかと言って私が人の顔を殴り返すのはさすがに抵抗があったので、 その折れた歯を”プッ”と吹き出して睨み返してやると、そいつは益々逆上し、私 の髪を掴んで引っ張り始めた。そこにすかさず彼が止めに入り、その男の体を後ろ から羽交い締めにして、「辞めてくださいよー!!」と言うなり、「うん、わかっ た。」と言ってそこで騒ぎは治まった。もしあの時、彼が止めに入ってくれていな ければ、今頃私は殴り殺されて生きてはいなかったであろう。という訳で、現在で も私の左の八重歯は、差し歯なのである。(ところで、なぜ殴り返さなかったのか と思われるかもしれないが、もし私が本気になって怒れば、人の一人や二人、いと も簡単に殺せてしまう。そうなれば、私は一躍、三面記事の主役になってしまうで はないか。だから我慢したのだ。)まあ、ハッキリ言って、現場作業そのものをと やかく言うつもりはないが、全てが全てこのような会社でない事だけは知っておい てもらいたい。中には非常に雰囲気の悪い所もある。詰まる所、熱く強烈な青春の 思い出を作りたければ、私のような痛い目に遭う覚悟も、それなりに必要なのでは ないだろうか。

<追記1>
私は広島市南区の御幸(みゆき)橋の橋梁(きょうりょう)の鉄骨の組み立て工事を した事がある。あれには驚いた。TBSの「サスケ」の「クリフハンガー」みたいなのを、 何の練習も無しにいきなりまんま本番でやるのである。 鉄骨を徐々に積み重ねて、よちよち登ってボルトを締めるのである。 あれでは幾ら命が有っても足りない。月給100万ぐらい貰わないと割が合わない。 ユーチューブで「橋梁 鉄骨 組み立て」と検索すれば出て来る。


 [例6]交通警備員 広島警備開発
私がバイトを始めると、足を引きずり降ろそうとする奴が、必ず私の前に現れる。そ んなバイトが嫌になり、警備員をやろうと思ったのだ。一般に、”かっこいい”と言 われる業種には、俄然、血気盛んな若者連中が集まり易く、往々にして”手段を選ば ず”という場面にも遭遇する。しかし私はそういうのが苦手なのである。警備会社で あるこの広島警備開発(現:『警備開発』に名称変更。 電話 082−255−559 5) の業務内容は、主としてイベント警備と工事現場の交通整理が挙げられる。イベ ント警備の内容は、デパートやビルの中が中心で、正社員が担当するのが普通である。 それに対し現場の交通整理では、学生バイト、年金暮らしのおじいさん、そして他職 に就けない汚れ役の正社員、といった面々が揃っている。つまり同じ会社の社員でも、 どこの部署の出身かで二つのタイプに分かれており、イベント警備は大卒・新卒のエ リート型、現場の社員は職人型と言えるだろう。この両者はそもそも控え室が別であ り、イベント社員の控え室は内装の綺麗な二階の小部屋、現場担当は一階の汚い木造 である。そうかと言って、これらが完全に分かれているかというと、そうでも無く、 イベント警備で成績の悪い社員達は、時々、現場に回されるし、現場社員の中からも、 努力と根性で部長・課長に這い上がる奴もいる。私は主に現場の交通整理の担当だ。 現場の交通整理では、これまた二つに分けられる。一つは各家庭に配られる、末端の ガス管の敷設工事。ここは結構、パイプの取り回しやメーター調節など、面倒な作業 が割合多く、施工業者のいでたちは、見た目こそ長靴にヘルメットと汚いが、人柄そ のものは悪くない。この人達はガス会社の下請けで、我々はこの人達とペアを組んで 仕事をする事になる。もう一方は、ひたすら真っ直ぐ掘り進む、ガス管本管の埋設工事。 フェンスがあればぶち壊し、道路があれば、ひっぺがし、ひたすら長いガス管を、ひ たすら真っ直ぐ繋げる仕事。どちらかと言えば、人目に付き易い所でやる為か、施工 業者の人柄は、恐いくらいに恐ろしい。だから交通整理の担当は、みんなこの人達を 嫌ってる。(理由:すぐに怒鳴られるから。)末端のガス管敷設の業者とは、年金暮 らしのおじいさんや学生バイト、本管工事の業者とは、汚れ役の正社員とか柄の悪い 学生バイトとペアを組む、というのが一般的だ。この組み合わせには結構、神経を使 っているらしい。というのも、柄の悪い学生が、年金暮らしのおじさんを、怒鳴り付 けたり、罵ったり、相当問題になった事があるらしく、役所や広○ガスの本社から、 いろいろ言われているらしいのだ。私はおじいさんと組む事が多かった。”おじん臭 い”と言われるかもしれないが、私は結構、おじさん達と話が合ったし、結構、楽し く仕事が出来た。(とは言え、やはり頭は悪い。良い人は良い人なのだが・・・。) これならここで、ずっとバイトもしようかな、とも思ったが、そうはうまい話は、続 かない。

前にもお話しした通り、現場上がりの社員でも、中には根性と執念で、這い上がって 来る奴もいる。現場の社員をあれこれ直接仕切るのが、上本課長。この人は元々頭は いいのだろう。大学も卒業している。見た目はエリートっぽい。しかし、足を踏み外 してイベント警備から流れて来たに違いない。我々が実際、顔を会わす事が出来る管 理職はこの人である。忙しい時には現場に行くし、そうでない時には二階で事務作業 などをしている。(我々は、普通、二階に上がる事は殆ど無い。)その二階で部長を してるのが、上本課長の直属の上司。私は直接、話しはした事がないし、顔そのものも、2〜 3回しか見た事ないが、一目見て、現場上がりの奴なのだなと、分かってしまった。 なぜなら目つきが尋常ではい、すさまじいすごみを帯びているからだ。またこの部長は 普段、経理の女性を自分の車で送り迎えしており、それがどこまでの関係なのかは しらないが、私が経理の女性と目線を合わしたことに極度の反応を示したことを 憶えている。私はこの時、この男はかなり執念気質の持ち主なのだな、ということを 実感した。上本課長はこ の部長から、いろいろ仕打ちを受けているらしいのだ。にも関わらず、私はおじいさ ん達と、楽しそうに仕事をしている。それで彼の腹がおさまるわけはない。彼の怒り の矛先は、徐々に私に向けられていった。ガス管工事は国から委託の公共事業である 故に、監督は下請けのガス業者に施工を受注する事になっており、それと同時に警備 会社に数名の警備員の派遣を依頼する。これは法律で決められている事である。しか し、常に監督がいるという事はあまり無く、特にさしたる技術の要らない本管埋設工 事では、現場の親方が実質的な権力者。上本課長は頭がいいにも関わらず、嫌いな上 司の命令で、本管埋設の人達と、しばしば仕事をさせられて、随分、酷(ひど)く、 叱られたらしい。人格は完全に変わってしまっている。恨みと怒りと憎しみで、精神 に異常をきたしているのだ。それ故、自分の味わった苦しみを、私にも味あわせてや ろうというわけだ。それで私を事ある事に柄の悪い業者とペアにして、嫌がらせをし ようとするのだが、私は仕事を難なくこなし、酷く怒られる事もなく、彼の仕掛ける 企みを、ことごとくかわし続けて来たのだが、そんな私に最大のピンチがやって来た。

その時、始めて一緒になった現場工事の親方は、典型的な頑固オヤジ。どうも私とは 馬が合わないらしい。それに気付いた上本課長は、敢えて彼の下に私を付けた。その 上、工事の現場の場所が、これまた私のアパートの近くなのだ。私にとっては家の近 くで、しかも馬の合わない親方さん。正にダブルパンチである。この現場は現在、区 画整理がされており、早々すぐに終わる所ではない。普通はローテーションを組むは ずなのに、彼は執拗に悪巧みを巡らして、毎日の様に私を親方の下へ遣わせる。こん な事は例外的な事なのだ。斉木産業の親方はしつこく付きまとう私の事を嫌がって、 「お前は、もう、来なくていい。明日から別な奴を連れて来い。」と言ったので、そ の旨課長に伝えたところ、「いや、駄目だ。人がおらんのだ。絶対、お前が行かねばならん。」 と、頑として受け付けない。んなものだから、おかげで私は益々親方に嫌われて、ガ ミガミ叱り付けられる様になって来た。そんな私の姿を視察と称し、上本課長はニタ ニタニタニタにたつきながら、車で巡回して廻るのだ。相性の悪い親方という事で、 まず一つ目のパンチ。家の近くという事で二つ目のパンチ。更に三つ目のトリプルパ ンチが私に襲いかかって来る。ここの区画整理の現場の土地は、近くの翠(みどり) 町中学の通学路となっており、毎朝、毎夕、多くの学生達が登・下校する道となって いる。しかし、ここの学生がまた、意地の悪い連中で、市内の中で一番学力の低い、 評判の悪い中学なのだ。私が親方に怒られて、課長から嫌がらせを受けてる噂を嗅ぎ 付けたのか、

「おぇ! 近くの工事現場の警備員で、                  
     どかたのオヤジに、すんげー、いたぶられてる奴がいるみたいだぜ。
       面白そーだし、                      
         俺達も一ぺん、見物がてらに見に行こーぜ!!」     

と学校中の話の中心になったらしく、ニタニタ、ヘラヘラ笑いながら、グループで群 れて私をからかいにやって来た。いや、意地の悪いのは男子学生ばかりでなくて、女 子中学生や翠(みどり)町小学校の子供までもが調子に乗って、キャハハハ、キャハ ハハと笑いながら、私の側を通り過ぎ、「ざまよ。」とか、「いい気味よ。」とか言 いながら、振り向きざまに罵るのだ。一体、私が何をしたというのだろう。更に彼女 達の行動はエスカレートし、翠(みどり)町中学の女子生徒数名が、交通整理をして いる私の真後ろ2〜3メートルの所に立ち、親方にガミガミ怒られる私の姿を後ろで 見ながら、ニタニタニタニタにやついているのである。私はこれらの行いで、大変な 精神的な苦痛を受けたものである。知っている人ならわかるにしても、見ず知らずの 他人からこんな仕打ちを受けるとは、一体、どういう事なのだろう。いや、これだけ ではない。噂を聞き付けた近所の主婦が、塀の陰から様子を伺(うかが)い、私を見 ながらクスクス、クスクス笑いを堪(こら)え、

「頑張っとるねぇ。うちらあぁも、頑張ろうねぇ。」

などと、井戸端会議をしてるのだ。それ以来、私が近所を出歩く度に、すれ違う住民 達が私の顔を覗き込み、にたつくのである。結局、詰まる所、この段原地区の住民は、 土地柄そのものが悪いのだろう。 (まあ、元々住んでる世界が違うので、別にどおって事はないが・・・。) その上、翠(みどり)町中学の学生達は調子に乗っ て、現場近くの私のアパートまで後をつけ、土・日や祝日の休みでさえ、普段着で弁 当を買いに出かける私の様子を見物に来るのである。普通、中学生の子供でありなが ら、この様な事をする者がいるだろうか。全く、私には理解出来ない。現場で働く私 の周りで、中学生がやたらしつこく冷やかす為に、私は、益々、親方に怒られるので ある。(お陰で私は近所の住民から相当のバカだと思われている。) 時々、上本課長は視察に廻り、そんな私の姿を見て、大変、満足そうである。
蛇足になるが、この斉木産業(正確には、斉木産業の下請けみたいです。)というの が、また、わけのわからんおかしな業者で、親方と一緒に行動しているのが社長の息 子と思われる ”まさ” と呼ばれる人物で、おそらくこいつが後継ぎなのだろう。 周りから ”まさ、まさ、” と、チヤホヤチヤホヤ煽(おだ)てられてる、しょーも ないボンボン。実は親方自身も本心はそんなオベンチャラを使うのは嫌なのだろう。 そのストレスを私や部下の者達に当たり散らすのだが、その怒り方というのが、これ また尋常ではないのだ。突然、爆発するかの如く、激しく怒鳴り付けるのだ。しかし 当然の事ながら、そんな事で若者連中の信頼を得る事など出来ようはずもない。では、 反抗心の芽生え始めた彼らを、どうやって手なずけるのかというと、もう、ありった け、思う存分ひとしきり怒鳴りつけた後、急にコロリと人相を変え、ニコーッと、零 (こぼ)れんばかりの笑みを浮かべ、次の様にのたまうのだ。
「よぉ、頑張ったのぅぉ。」
これで若い連中はコロリとまいってしまうのだ。
「あぁ、この人はなんていい人なんだろう。」といった具合に・・・。
(実は、私が親方にひどく怒られたのも、私自身がこの親方の手に全く引っ掛からなか ったためでもあるのです。)こんなくだらん業者ではあるが、従業員の中にはいい人 もいる。年の頃は28前後だろうか、背が高くて分厚い逆三角形の胸座(むなぐら) で、彫りは深く、鼻は高く、なかなかの男前である。私も幾度が彼と話しをした事が あるが、人間的にもしっかりした人物である。そんな彼に対し、あの例のボンボン息子 、”まさ”殿(22・3前後だろうか。)が、えらそーげに、あーだこーだと命令す る度、”ハイ、ハイ” とけな気に頷(うなず)く彼が、実に気の毒であった。 (私も何度か怒鳴られたものです。)
しかし、さすがにこの土地の住民も、中には善良な人もいるのだろう、私が受けてる 惨状を、広○ガス本社や発注元の広島県庁に報告してくれた人がいるらしく、私はや っと、この現場から解放された。その時、役所の方らしき人、数名が、ここの現場に 足を運び、親方に厳しく注意をしていたのは、その為だったのだろう。しかも役所か ら直接、広島○備開発代表取締役、佐々木 祐二○社長と上本課長に注意があったら しく、その後、2〜3日は、また元のおじさん達と、一緒に仕事をする事が出来た。 しかし、彼の事だから、これで終わるわけがない。自分が役所から怒られた事を根に 持って、益々鋭い視線を私に投げかける様になって来た。このまま無事に収まる事は ないだろう。

それから一週間が過ぎた。私はいつもの様に会社に出かけ、一階の控え室で待ってる と、上本課長からお呼びが掛かり、ある一人の正社員と区画整理のすぐ近く、その現 場で仕事をするよう指示された。私はこの時、ピンと来た。何かただならぬ雰囲気が 漂っていたからだ。この正社員は典型的な汚れ役の人。7年以上も昔から勤めている にも関わらず、未だに平社員のままなのだ。それだけ評判が悪いという事。自分の落 ち度はすぐに人のせいにするし、陰でバイトばっかり虐(いじ)めてるし。おそらく こいつと上本課長はグルになっているのだろう。今日は何かあるに違いない。現場に 到着して彼が私に言った言葉。

「おまえ、童貞かぁ。                           
  わしゃぁ、中学一年の時にゃぁ、もう、10人とやっとったけえのおぉ〜。」

何なんだろう。この人は。
午前中は無事終わり、昼飯時になった頃、ついにその時はやって来た。昼食はローテ ーションを組んで代わる代わる順番に、弁当を食べる事になっている。私は40分の 休憩を与えられ、食事を済ませて彼の所へ報告に行った。すると時間以内であったに も関わらず、私の報告が遅いという。お前の報告が遅れたせいで、俺は気分が悪い為、 弁当を食べる事が出来ないという。さあ、どうしてくれるのかと。それで私は言った。

「今から食べればいいではないですか。」

彼は言った。

「食えるわけねぇーだろぉ。食えるわけねぇーだろぉ。         
   お前が、食うのが、遅いけぇーよおぉ。どーしてくれんならぁ。 」

と、ひとしきり、いいがかりを付けた後、

「いい加減に、さらせよおぉ!!」

と、いきなり私の頭を手で叩きつけた。配管作業をしている業者も含め、一瞬、辺り は静まり返った。丁度その時、タイミング良く上本課長が巡回に訪れて、さも親切そ うな面もちで、私に一言、こう言った。

「何か、あったんかぁ。」

予感は見事、的中した。社員と上本課長、二人して、陰でニヤニヤ話をしてる。近所 のババアも私を冷やかしにやって来た。私はすぐに事務所に引き返す様、指示された。 そして上本課長直々に、事の真相を求められ、話すは話すも、何にもならない。なぜ なら、これは、最初から彼が仕組んだ事なのだから。しかしここまでやると、さすが に社内の中からも、彼に対する非難の声が出始めた。

  「あいつ(私のこと。)は、そんなに悪じゃ無いはずなのに、    
               どうして、そこまでやるんだろう。」と。

事務の経理の女子達も、課長に怒りを憶えた様だ。これ以上、彼が私に仕打ちをすれ ば、逆に彼の立場が危うくなってしまうだろう。それは彼自身、一番良く知っている 事である。翌日、私は会社に向かい、控え室で待つものの、結局、最後まで呼ばれな かった。仕事に出かける同僚を尻目に、私は一人ポツンと控え室に残されて、そんな 中、上本課長は静かに私にこう、語りかけた。

「なあ。お前はこの仕事には向いとらんぞ。        
   別な仕事、探せえぇやぁ。             
     今日はもう、帰れ。家でしっかり、休んどけぇ。」

そう、言い残し、彼は二階の事務所に消えていった。そして、私は静かに会社を後に した・・・。



 [例7]某大手新聞社(産経新聞):販売小売店(小岩販売所)
主に大坂を中心に部数を獲得している。むしろスポーツ紙の方が有名かもしれない。 これは全国紙一般に言えることかもしれないが、新聞業界は非常に閉鎖的な体質を 持ち、絶大なマスメディアを手中にしているため、とかく慢心になりがちで、一様 に権威主義的である。いわば彼らの一筆で、中小企業の一つや二つ、いとも簡単に 潰すことが可能。顔色を伺う者も多いはず。記事の内容が内容だけに、管理職は全 て大卒、法・経・文学部出身者ばかりが優遇される。プライド高く、異常なまでの 上下格差が設けられ、絶対服従を強要される。中には異義を唱える者も居るのだが、 相互監視のシステムが網の目のように張り巡らされ、集団圧力にも相当なものがあ る。真に実力のある者がそれなりのポストに就くのであればさして問題はないのだ が、実際には同じ学部の仲間同志とか、サークル関係など、スネやコネで内定を取 り付けるケースも多く、それがさまざまな弊害をもたらしている。中には優秀な記 者も居るのだが、窮屈な上下関係に阻まれ、なかなか上へ這上がれない。他社へ人 材が流れていく。質が低下してくる。この新聞社の場合、役員の交替劇があり、前 社長が会長に退いた後、その甥が社長に就任。しかしこの人物がかなりのワンマン らしく、自分の意にそぐわない古くからの腹心を何人もブレインから外している。 隠れていた問題が一気に噴出し始めたのも、この頃からである。他社に比べ、紙面 の内容に生彩さを欠く所もあり、部数が伸び悩む。本来なら編集部内部に大幅な刷 新を行なうべきなのだが、何かとしがらみがあり、なかなか手を付けられない。そ のしわ寄せが、全て販売店に降り掛かってくる。待遇の悪さに人が集まらない。収 益が落ちる。本社社員の維持費がかさむ。そのしわ寄せを更に店に押し付ける。堂 々巡りの悪循環を、際限なく繰り返す。
販売店は本社から、店舗経営の権利を買う システムになっている。一応、表向きは個々独立したフランチャイズ形式の契約関 係にあるはずなのだが、実際は、募集においても管理においても本社にベッタリと いった所。定期的に若い社員が視察に来るが、事実上、それが接待に当たる。印象 を少しでも良くしておきたいのだろう、予定日の2、3日前になるや、ボロ小屋の 様な店の掃除を慌ただしく済ませ、店員全員で出迎える。近くの居酒屋を予約して おき、形式的な業務報告を済ませた後、宴会へと移る。酒や飲食代は、当然、店持 ちである。何もそこまでと思うだろうが、万が一でも視察社員の心象を害し、本社 に良くない報告でもされようものなら、忽ち権利は他に移る。敢えてそうしている のかもしれないが、店舗の数には制限があり、販売所所長を目指して日夜、配達に 汗を流す住み込み定員はごまんといるのだ。以前、別の店で、こういう事が有った らしい。新卒の若い社員が販売店を視察、コネやスネで入社したのであろうか、適 当に遊んで大学を卒業したキザで嫌な奴だったのだろう。所長が頭に来て、”もう、 お前のところの新聞は売ってやらん。”とか言ったらしい。すると社員はにべもな く一言、”ええ、結構ですよ。”それを聞いた所長は急に青ざめて、いい御仁であ るにも関わらず、本社に直々平謝りに行ったという。御苦労にも、この話し自体、 社員が視察の度毎に、トクトクと販売店に説いて回る。その話しを聞いて、店員一 同震え上がる。配達員募集のシステムも実に巧妙である。応募の貼紙をしたところ で、自分から来る物好きはまずいない。来るのは大概、借金の挙げ句に取り立ての 債権者に追われているとか、女房に逃げられ住む宛も無いとか、酒乱の親との殴り 合いの果てに家を飛び出した中学生が、非合法的に住み込みで働いている。15才 未満の深夜労働を禁止している労働基準法にも、当然、触れている事になるだろう。 逃げるところがないと分かっているので、その待遇たるや、実に悲惨そのものであ る。2〜3時間の睡眠に飯を食うだけ、後は常に働き通しである。出向でもさせら れたのであろうか、時折、うだつの上がらない本社の中年社員が、新聞拡張員とし て店に来る有様。何を勘違いしたのか、プライド高く、刑事でもなかろうにグレー のダブルのスーツを着込んで営業に回る。当然のことながら、親切丁寧に断られる 事はあっても、契約を取り付けてくる事はまるで無い。本社も随分、内部の人員整 理には悩んでいるのだろう。配達のメインとなる即戦力の大半は奨学生である。独 立心の旺盛な、真面目な子が多い。受験雑誌などに、”アパート・食費・全て無料、 学費・一切免除。”を目玉に地方の学生を掻き集めてくるのだが、実情とは甚だ掛 け離れている。広告では、一日の労働時間は朝刊と夕刊合わせて4時間程度となっ てはいるが、決してそんな物ではない。これは地区によってもかなり違いがあるの だが、都内東部は特に競走が激しい。他紙との入れ替りが激しく、契約がだぶって いたり、転居している世帯も多く、集金もなかなかはかどらない。当然学校にも行 けないので辞めたいと店に申し出るのだが、襟首つかまれ脅される。恐れて口にも 出せない。後で詳しく触れるが、給料が支払われないので、実家に戻る電車賃もな い。親に連れ戻しに来て貰うか、運んできた家財道具を捨てる覚悟で脱走を図るし か手はない。見つかれば半殺しの目に会うだろうし、元々根が真面目な子が多いの で、自分の方から切り出せない。疑うことを知らず、良く働くので、結局、身も心 もボロボロになるまで吸い尽くされる。本社に電話で直訴するも、無視される。サ ーファー上がりの気取りや社員に、根性がないとか、いい加減なことを言うなとか、 逆に悪者扱いされる始末。自分は一体どうだというのだろうか。これではまるで、 現代の強制収容所である。以前、脱走を試み、所長に捕まって投げ飛ばされた際、 転んで腕の骨にヒビが入った者が居たらしい。病院に担ぎ込まれて親が迎えに来る。 よほど恨みに思っているのだろう、今だに店とトラブルがある。未払の給料の支払 請求の電話連絡が、時々店に入る。労働監督基準局の査察が入り、帳簿や伝票を押 収されるが、結局何も出ずじまい。改竄でもしたのだろうか・・・。当然、本社も 知ってはいようが、あくまでしらをきる模様。所長の奥さんが本社に泣きつき、急 きょ、地方からだまして連れて来た奨学生を店によこして貰う。これって、人身売 買ではないだろうか。サギ紛いの商法である。最初、大手の新聞社がここまでやる かと我を疑うも、今では所詮、世の中なんてこんな物だと諦めている。どこで見つ けてきたのであろうか、中継ぎとして、人の良さそうなパートのオジさんに配達し て貰う。用が無くなれば怒鳴り散らして即、首にする。全て計画的。当然給料は未 払い。呆れた顔で店を去っていく。今になって思うのだが、初めて本社の奨学部を 尋ねた際に、随分と雰囲気が悪かったのを覚えている。幾分なりとも後ろめたさを 感じているのだろう。何人もの前途多望の若者の人生をメチャクチャにしてきてい るのだから・・・。実はこの店の場合、いつまでも権利を社から保留して貰うため、 かなりの部数を水増し請求している。ありもしない顧客を偽造して報告する。従っ て、毎日、余った新聞が山のように積み重なる。経営が非常に苦しい。見本と称し てスポーツ紙と一緒に配るよう、指示されるのだが、くだらない事をするなと、苦 情の電話が掛かってくる。これはあくまで私の勘だが、本社もそれと知っていよう。 どっちみち自分達の利益になる事だし。そのくせ、三面記事ではシルバーシートに 席を譲る小学生の美談を載せるのだから、一体何を考えているのだろう。私には理 解できない。募集内容と業務内容の違いに関して、いくつか訴訟も起こされている らしい。中央が地方の学生を食い物にしているとの裁判所の見解もあり、今では広 告も、かなり変わっている様だ。奨学生が女の子とデートを楽しんでいる数コマの 漫画が目を引き付ける半面、紙面の端に、付随業務を小さな字で銘記している。や ることがセコい。努力は必ずむくわれるとかよく言われるが、この店に関しては、 それは断じて当てはまらない。長い過酷な労働の中で、卑屈・偏屈になる者が多い。 もはや残された道は肉体労働しかないだろう。”おれは今まで何一つ悪いことなど していないのに、何でこんな目に会うのだろう。”とかボヤキながら消えていく。 彼らは一体どこへ行ったのであろうか。拡張団の乱立も甚だしい。都内東部は整備 環境極めて悪く、下町的とでも言おうか、バーゲン・セールにとにかく目敏い。こ の辺は田園調布辺りとは全く正反対である。聞いた話しによると、あの辺のスーパ ーでは、”安いよ、安いよ、”とか言うと、逆に物が売れなくなるらしい。ただた だ感動。東部は、新聞の契約に関しても、景品・サービスを目当てに2〜3カ月毎 に更新される。印鑑が乱舞する。ウチの店がなめられている証拠だろうか、どこの 馬の骨とも分からない怪しい拡張団が出入りして、トンコロ(偽の契約書)を置い ていく。後になって確認の挨拶に行っても、ウチはそんな契約はしていないとか何 とか、ますます話しがこじれて行く。もっと酷いのになると、世帯そのものが存在 しない。完全負合性なので、団員もそれこそ必死なのだ。生活が懸かっているし。
所長。40代半ば。スキンヘッド。既婚。とは言え、現在の妻は何人目かで、先妻 との間に二十前後の娘がいることだけは知っている。本人自体、過去のことはあま り喋りたがらない。夫婦揃って創価学会員。たまに勤行をあげてはいるが、あまり 熱心ではないらしい。月に2・3度、町内で会員の寄り合いがあるのだが、本人の 評判すこぶる悪く、つまはじきにされている。出席は半ば義務的らしく、何の因果 か、神を信じる私が代わりに行かされる。最初の5、6分だけ、池田大作名誉会長 が絶叫するビデオを見た後、みんなで適当に酒を飲み、くだらない話しをして寮に 戻る。おお、主よ、我を許したまえ。過去、他紙の拡張団の団長をしていただけの ことはあり、押しの強さには定評がある。飴と鞭の使い分けが旨く、粗暴・乱暴で あると同時に、凄まじいまでの独善的な理論を展開する。一度口を開けば相手に有 無を言わさず、何時間でもぶっ続けで喋りたくる。ワイルドと言おうか、白いもの でも黒いと言わせるその強引なやり口は、タクシー会社お抱えの弁護士に優るとも 劣らないであろう。ヤクザの様な風体と機関銃のような弁舌で、一日、百件以上の ノルマをこなしたこともあるという。東大生に論争で打ち勝って新聞を取らせるぐ らいだから、並の人間であれば、彼と目を合わしてたじろかない者はまず、いない はず。無類の女好き。儲けが悪いので今はなりを潜めてはいるが、昔はよく、芸者 を呼び集めてのドンチャン騒ぎをしていたそうだ。さすが、”為せば成る、為せね ばならぬ。”の学会員である。しかし、ツキはそんなに長くは続かない。その汚い やり方に、随分人から恨みを買ってきたらしい。集金の売り上げを持ち逃げされた こともある。最初は、カリスマ性のある力強い彼を慕って付いて来た部下も、次第 に見切りをつけて去って行った。老いた虎と言ったところだろうか。そんな強気な 彼ではあるが、昔のことを少し聞かされた事がある。早くから親元を離れ、販売店 に住み込みで働き、先輩にもひどく苛められたらしい。雑魚寝なので、人の迷惑に ならないよう懐中電灯で勉強し、明治大学に進学、苦学して何とか卒業したそうだ。
奥さん。40代半ば。意地悪ばあさん。悪ガキがそのまま大人になったような感じ。 何がきっかけかはよく知らないが、年から年中、絶叫している。この人に睨まれた ら最後、死ぬまでイヤミを聞かされる。一度口答えをしようものなら、百倍になっ て返ってくる。みんな無視している。鬼のような肥満体で、店員がどんなに仕事で 疲れていても全く動く気配はない。いい年であるにも関わらず、一日中少女漫画を 読んでいる。三重アゴでありながら、自分はまだ少女なんだと言っている。本来な らば、契約の上では栄養のゆき届いた賄い付きのはずなのだが、手抜き料理にもほ どがある。食費を浮かしたいのだろう、大釜で沸かした水のようなカレーライスを 三日連続、三度三度、食べさせる。そうかと思えば、安値で仕入れたブツ切りの刺 身を、三日三晩食べさせる。その癖自分達夫婦は、影でデリバリーのピザを食べて いる。彼女の役目は唯一つ、店員が店から逃げ出さないよう、常に見張りをしてい ること。お願いだから、パンチパーマの様な頭だけは辞めてくれ。
学生主任、22 才。一度大学を中退している。再受験を目指す自分同様の奨学生であるが、店の奥 さんと結託することが多く、事実上、彼が店員のボスといったところ。さん付けで 呼ばなければならない。性格すこぶる悪く、陰険、陰湿、人の悪口ばかりを言って いる。猜疑心が異常に強く、留守の間、人の部屋に勝手に忍び込んで、あら捜しを する。普通、相手が黙れば、自分も口を控えるであろうが、大人しくなった相手に さらに矢のような悪態を浴びせる。目を付けた相手は、完膚なまでに叩きのめす。 実は親が知人の借金の保証人になったばかりに、一人息子である彼が死ぬまで借金 を返さなければならない。利子も含め、その額、一億円近くになるのだろう。それ が不満で卑屈になるにせよ、八つ当たりもいいところだ。その上、奥さんが本社に、 ”いい子”で通しているのでよりタチが悪い。確かに仕事はよくするが、自分もだ まされているのは分かっているのだから、さっさと逃げればいいものを、威張り散 らせるのが病み付きになっているのだろう。ある日、店員の一人が、風邪を引いて 熱を出してしまった。よほどしんどかったのだろう、もうろうとした覚束ない手で 折込みをする彼に一言、”さっさと配れよ。” 
人間:A 通称・まっちゃん。名 前が松田なのだろう。20代半ば。所長見習い。とは言えもはや、単なるオヤジと 化している。高校時代はガールフレンドとSEX三昧の日々だったのだが、今は何 の音沙汰も無し。ビールを飲みつつ、バターピーを食べるほど老け込んでいる。一 度、些細なことで、パートと殴り合いの喧嘩をする。結局、店は持てないだろう。
人間:B 通称・とよじ。名前が豊司なのだろう。奨学生。最初、予備校の早慶選 抜クラスに通うも、遂にダウン。パンツをはかずにジャージをはく。髪はボサボサ、 素足に草履、風呂には行かず、部屋はまるごとゴミだらけ。自分と一緒に行かされ た学会員の寄り合いがきっかけで、用もないのに入り浸る。所長の悪口を言いまく る。学会員の同情をひいて、お菓子や果物をもらって帰る。お前は犬か。それが所 長に筒抜けで、ばれて見つかり怒鳴られる。知人の会員にアパートを借りて貰い、 脱走。しかしすぐに足をつかまれる。連れ戻されて、拉致・監禁。馬鹿な奴。”お れは近いうちにベンツを買う。”が、いつもの彼の口癖。頭がおかしくなったので はないだろうか。 
人間:C ○○さん。名前忘れた。30代後半。所長の腹違い の弟。店に居候させて貰っている。2〜3カ月働いては姿を消す。奨学生の時計を 勝手に質にいれて金の足しにする。サウナに寝泊まりしてブラブラした後、金が無 くなると、駅の近くの公園のベンチで寝起きする。これではまるで浮浪者ではない か。しばらくすると、また店に舞い戻ってくる。この繰返し。何なんだろう。この 人は。結婚はしているそうなのだが、妻はどこにいるのだろう。おかしな人だ。今 は務所にいるらしい。 
住み込み店員:その1 年齢経歴一切不詳。全く喋らない。 寝て食って働くだけ。完全に店の奴隷と化している。寝るときも含め、一日中、帽 子を深々と被っている。精神病ではないだろうか。 
住み込み店員:その2 50 代半ばのおじいさん。頭は悪いが恐ろしいまでのお人好し。猫のように大人しい。 口が少しどもっている。昼間、土木現場で働き、朝と夜、新聞配達。睡眠時間3時 間。店でご飯を食べさせて貰っている。お金がないので昼飯は抜いているらしい。 どこにそんな体力があるのだろうか。いつも学生主任に苛められ、こき使われてい る。何か事情があるのだろう、訳を聞くと、この人も人にだまされ6千万の借金が あるそうだ。知り合い五人に頼まれて、実印を貸したところ、サラ金から金を引き 出されてそのまま逃げられたそうだ。警察に行ったのかと聞くと、行っていないと 言う。行けといっても、”いや、いい。いや、いい。自分で返すから。”とか言う ばかり。この人もよく分からない人だ。おそらく所長は、死ぬまでここで働かせる つもりなのだろう。

ここで店員の一日の日課を説明しよう。朝3時半起床。自分が 入店した店は、人件費を極力押えるために一人当たりの担当範囲がすこぶる広く、 チラシの折込みだけで一時間半以上かかる。羽振りのいい店は折込機が設置してあ るのに・・・。AM5:00 いよいよ出発。春・秋はまだいいが、これが冬ともな ると体の芯まで冷え込んでくる。2時間半かけて AM8:00に終了。コースを順 番に回ってはいるが、7時までに入れろとか、6時までに置いておけとか、とにか くわがままな客が多い。あちこち寄り道をして、ずるずると時間が延びる。中には ポストに”もう、入れるな。”とか貼紙がしてあることもある。構わず、投函。や っと、終了。朝食。 AM10:00就寝。しかし、冷房がないので夏は寝苦しく、 不配や誤配があればすぐにたたき起こされる。急いで届けに出かける。客からドヤ される。これが一日1〜2件は必ずあるので、なかなか熟睡できない。この地域の 人々は権力者にはことのほか弱いが、自分より社会的に弱い者にはメッポウ強気で 出てくる。以前、雪が降った日に、一度熱を出して配達が遅れたのだが、”そんな 事は関係ない。ウチは届けてくれさえすればいいのだから。”とか言われた。薄情 なものだ。そうこうしているうちに午後3時、夕刊が到着。配達に出発。朝刊に比 べ、部数が比較的少ないこともあり、2時間程度で終了。しかしここでも何かとト ラブルが多い。新規顧客に配達に行くや、鬼の様な形相をした中年の女性が玄関か ら飛び出してきて、”こんな新聞とれるかー!”とかわめき散らしながら、届けた 夕刊を投げ飛ばす。夫が他紙の愛読者なのだろう、拡張員の景品に目がくらんだか、 当紙と契約したらしい。夫から殴る蹴るの暴力も振るわれている模様。家庭は暗く 荒んでいる。まあ、そんな事、私には関係のないことなのだが・・・。自分も恐い ので、所長に入れたくないとか話すのだが聞き入れて貰えず、何が何でも絶対入れ ろと脅される。コッソリ入れておく。午後5時すぎ、一旦帰宅。簡単な夕食を済ま せ、再び拡張・集金に出かける。部数を減らすと所長に腕を捕まれて振り回される ので、何としても継続客は落とせない。涙を流して土下座する。こんなプライドの 傷つく真似をしたのは初めてだ。集金もなかなか集まらない。転居や留守が多く、 あまつさえ、居留守を使われることもある。かねてより、所長から受けていた指示 を実行に移す。扉をバンバン叩いて、隣り近所に聴こえるように、”ワレー!金払 わんかい!コラー!”とか怒鳴り散らす。許せ。胸は悼むが、さもないと自分が殺 されるのだ。夜も更けてくると、さすがに心細くなる。個別訪問するも、”今何時 だと思ってんだ、馬鹿ヤロー!”とか怒鳴られる。何とか一件、契約を取り、急い で販売所に戻る。午後10時。その後、伝票整理などの事務手続きがあって、12 時前後、やっと終了。風呂がないので銭湯へ行き、夜食をとって落ち着けるのは、 何だかんだと2時過ぎになる。朝の配達まで1時間半程度の仮眠をとる。おわかり の事とは思うが、学業に勤しむ暇は全く無い。(こともないかもしれない。)奨学 生は見せかけだけになる。田舎は遠いし、こうなった以上、もう後には引けない。 これも運命だ。なるようになるだろう。そうこうしている内に給料日になる。明細 表を渡される。あけてびっくり。何と!マイナスの給料がついているではないか! ぬおー!何なんだー、これはー!自分が入店する以前からの未回収の集金を、全て 給料から差し引かれている。従ってお前には借金があるのだから店を勝手に辞める ことは出来ない、悔しかったら集金してこいと所長は言う。何、それ!キタネー! そんなのありかー!自分が来る前にとっくに転居していなくなっているのに、集金 なんか出来るわけねーだろー、馬鹿ヤロー!こずかい代として3000円渡される。 店員全員、同じ調子で給料未払なのだ。何で店を辞めれないのかやっと分かった。 ひょっとして、自分はこのままここで朽ち果ててしまうのか。ここに骨を埋めるこ とになるのだろうか。そんなの絶対に嫌だ。しかし遂に転機は訪れた。悪運尽き果 てり。税理士に頼むお金がないので、いつも年末になるや部屋中、畳の上一面、税 務書類を敷き詰め、七転八倒するお茶目な所長なのだが、今年の冬は何か調子がお かしい。渋る奥さんに聞いたところ、何の運命の悪戯か、”痔”になってしまった そうだ。人に喋るなとの伝言を残し、彼は遂に入院した。これがブッダの説かれる、 因果応報・カルマの定理というやつなのか。それにしても所長が”痔”になったな んて、そんな、そんな、そんな恥ずかしいこと、私は決して口が裂けても人に喋る ことは出来ないだろう。結局、手術をすることになる。寂しいのだろうか、本来な ら寝ている時刻の午後1時、病院に呼び集められ、説教される。いい迷惑だ。そん なに毎日見舞に行かなくてもいいではないか。死ぬわけじゃなし。大げさな。彼に は悪いが、逃げるなら今がチャンスだ。あらかじめ貯めたへそくりでアパートを借 り、夜、決行。持てるだけの荷物を持ち、見つけたタクシーに乗り込む。窓越しに 店が小さくなっていく。さらば所長、旅立つ我はー、夢中生還、シーカートー。何 という壮快感。何という解放感。これが自由というものなのか。我思う。故に我あ り。その後一週間、私は借りた部屋の天井を見ながら、何もしないで寝て過ごした。 それから幾日かが過ぎた。気力を取り戻した私は、荷物の仕分けのアルバイトを始 めた。お蔭で原付の免許も取ることが出来た。暫く経ったある日、ふと、懐かしく なったので、買ったばかりの中古の50CCを走らせ、店の様子を見に行った。しか しそこには何もなかった。建物は取り壊され、跡地の駐車場に真新しい白い外車が ポツンと一台止めてあるだけだった。潰れたのだろうか。それとも引っ越したのだ ろうか。まあ、彼のことだ。今もどこかでしぶとく生き続けているに違いない。そ れにしても、あの忌まわしい過去の出来事は、私にとって一体何だったのだろうか。 まるで夢のような出来事だった。ふと、虚しさが心によぎる今日この頃であった。 なにはともあれ、今こうやって生きていられるだけでも幸せだ。最後に○○新聞、 奨学部の皆さん。その節は大変お世話になりました。どうも有難う。たっぷりと毒 ガスで苦しんで下さい。


以上、企業が抱える諸問題について延べさせていただきました。




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