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その5 経済大国日本の実態
これは、あの有名な某教祖が言っていた事なのですが、人が這い上がって行くには、三つの方法があるという事です。(断っておきますが、私は信者ではありません。)一つは、正義やモラルを唱えて法律を駆使し、公平な仲裁人をかって出る役、いわゆる政治家です。しかし実際、世界的視野から見た場合、日本は金だけ出して口は出すなというのが各国共通の理念ですから、例え政治家になったとしてもあまり活躍の場は無いでしょう。居ても居なくてもさして変わりはないという事で、はなから相手にされていないのが現実です。とはいえ、私はもともと古風な考えの持ち主ですから、そんなに欲しい欲しいというものは拒むものではないと思います。金で平和が買えるなら、これほど安いものはありません。相手が相手ですから、へんに御機嫌を損ねてトラブルの種を作ることもないでしょう。ただし一つ言っておきますが、私は別に欧米に服従するつもりは毛頭ありません。自分から人様のテリトリーを侵そうとは思いませんが、自分の庭に無断で侵入する者は、断固排除します。細川元首相は、経済オンチとか、陰口叩かれていましたが、彼はとにかく国際感覚が、ずば抜けて優れています。諸外国からの評判も、上々だった様です。宮○元首相は、人間的魅力、カリスマ性は別として、情報処理能力に長けてます。あの異様にせり出した後頭部からも分かる通り、彼は東大を首席で卒業しています。ただ、親父には絶対したくないタイプです。灰皿で叩かれたくらいですぐ泣くし、学歴社会だからこそ、あそこまで昇ってこれたわけで、もしこれが戦国時代だったなら、どっかその辺でのたれ死んでるでしょう。逆に、織田信長が今現在生きていたなら、働ける場所なんてないでしょうね。十中八九、犯罪者になっているはずです。村山総理大臣。被爆者援護法、有難うございます。○沢幹事長。彼は、地元の人間からしてみれば神様です。はたから見れば悪魔です。身内のものにはわがまま一杯甘やかす一方で、東南アジアの人とかには、ヒエとか粟とか食わせて、ムチでバシバシひっぱたいてこき使いそうな気がしません? 息子がスポーツカーとか乗り回して人身事故を起こした時に偽装工作をする様な人って、結構あの手のタイプに多いのです。「パパどうしよう。」とか言われて。あまり好かれるタイプでは無いでしょう。羽田内閣のとき、国会に解散のメモ置いといたのは彼でしょうか。(しかし私個人としては、一匹狼の彼の事が大好きである。)
二つ目は、武力でのし上がってくる人達、属にいう軍人です。憲法第九条では、日本は一切の武力を放棄する事になっていますが、先進国の中で武力を持つことが許されていないのは日本だけです。結局、最終的に正義を維持するのは武力になるのでしょうが、日本は過去において、それを私利私欲のために使ったものですから、連盟も日本が武装する事を心配しているのでしょう。なにせ絶対やってはならない事を、やらかしてしまったわけですから。アメリカからこっぴどくお仕置きをされた上、危ないオモチャを全部取り上げられてしまっちゃったわけです。今の日本で軍人が活躍できる場所といったら、自衛隊ぐらいのものでしょうか。台風とか、洪水のときに、一生懸命土のうを積むわけです。推測ですが、強靭な肉体と精神、与えられたコマンドは着実に実行するという典型的な軍人タイプの人が、スポーツ界に結構、流れていってるような気がするのですが・・・。
最後になるのが商売で頭角をあらわす企業家です。お金というのは、溜め込むまでは結構しんどいのですが、資本主義社会では一旦ある程度核となる資本が集まると、後は何もしなくても磁石の様にどんどん一極に吸い寄せられていきますから、商人にとっては、経済主導型の日本は正に天国です。本来ならば政府が市場に介入して、強制的に資本の再分配を行なうべきなのでしょうが、冒頭でも言った通り、有能な人材が育つ場が政治にはありませんから、結局商人ばかりが威張り散らす様な、金が全ての世の中になってしまうわけです。箔はあるけど金のない政治家が、そういう大企業と結びついていくのでしょう。花より団子、背に腹は変えられないという事です。要するに、日本では政治と軍事が経済に従属した形になっているわけです。本当は、この三つがセットになっているはずなのですが。しかし日本の社会は固定的だし、政治体制や経済システムなどは日々進化するものですから、いつかは日本国憲法も陳腐化する時が来るでしょう。中国の歴代諸王朝を見れば分かる通り、時代錯誤の時勢にそぐわない社会体制は、新しい王朝が武力・腕力によってすぐさま強引に叩き潰すわけです。一番の理想は禅譲(ぜんじょう)という形で平和裏の内に権力を委譲する事なのでしょうが、こういう例は極めて希であります。フランス革命やイギリス革命がその典型的な例でしょう。既存の社会システムより経済体制・法制度が劣っているならば、テロリスト達は犯罪者の烙印を押されて一網打尽に捕まって、獄門・磔(はりつけ)になるだけの話しであり、逆に優れていれば、今までの支配者を独裁者として一人残らず処刑するだけの話しです。明治維新もそうでした。結局今の日本は、世代交代の時期が来ているのではないでしょうか。別にオ○ム真○教が世界を牛耳るとは思いませんが、いくら彼らを厳罰に処したところで、今の日本の構造そのものを抜本的に改革しない限り、遅かれ早かれ、何れは誰かが国家転覆を図るに違いありません。私は誰が新しい指導者になるのか、じっくり観察させて頂きます。まあ、その時まで、はたして日本という国が存在しているかどうか分かりませんが。
それはさておき、ここでバブルに話しを戻す事にします。みんながみんな株に飛び付き世の中ホワイトカラーばかりになって、ブルーカラーが一人もいなくなってしまったわけですから、おかしくなるのは当然です。第一まともな神経の持ち主だったら、何かどこか間違っているんじゃないかと疑うのが普通です。昔、日本が世界中の不動産を買い漁って諸外国から非難された時、日本はよく ”相撲的フェア” という言葉を引用していました。つまりボクシングなどは、体重別に階級を分けて、同じ実力の者同志で闘わせるわけです。日本は圧倒的経済力にものをいわせて、市場システムの基盤がまだ十分に整っていない発展途上国を、金で奴属化するのはとうていフェアとは言えない、とこうアメリカは主張したのです。これに対して日本は、” 日本の相撲を見てみろ。相撲は体重別には分けてはいないではないか。実際、体の小さいものが自分より大きなものを投げ飛ばすことだってあるし、それが真の実力である。小よく大を制すとは正にこの事である。”と反論しました。これが属にいう、”相撲的フェア”と”ボクシング的フェア”というやつです。しかし、同じ釜の飯で体格に差がついたのであれば、それはそれで相撲的フェアという理論も通用するでしょうが、自分の子供にはタップリたらふく飯を食わせて、図々しく肥え太った豚のような悪ガキにしておいて、相手の子供にはろくろく飯も食わせずに、大きくならない様に、必死で無理矢理頭を押え付けている。同様に、自国民にはくだらない教育を施して、相手国にはいつまでも馬鹿なままにしておきながら、まだ年端もいかない赤子の手をボキボキひねる様な真似ばかりしているわけですから、一体これのどこが相撲的フェアなんだ、とか言いたくなってしまいます。エコノミックアニマルここに極めり、といった所でしょう。
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