(※ 紹介者IDは kazukikaku (小文字です。)でお願い致します。)
その19 諸例2(前半)
ここでは、実際のアルバイトを例として、他面的な角度から企業の問題点を検討し
てみたいと思います。
[例1]ゲームセンター新規開店:某大手ゲーム会社直営店 ナムコ
店長:高卒、三十才。未婚。地方の店で不良グループを店員としてうまく取りまと
めた功績が認められ、店長に抜擢。新規開店準備を任せられるが、アルバイト新人
研修初日から問題あり。学生店員の応募は、店長と中央から派遣された社員の二人
で当たる。店長はフリーター中心、中央の社員は大学生をメインに面接。当初から、
店員の中にグループ対抗意識のようなものが芽生え始める。その後、応募枠が無事
収まり、中央の社員は引き揚げる。研修の段に入り、準社員である主任が指導を担
当する。が、この人物が一癖ある。高卒、二十三才、既婚。一児の父。元暴走族の
メンバーで、高校時代には派手に遊んでいたらしい。品性、風貌、共に貧弱である。
本部への当たりはいいので、それなりに受け入れられているようである。風俗の経
験多々あり。研修ではなぜか大学生を目の敵にする。土下座をさせて、店員全員に
笑わせたり、人を殴り付けるような格好もする。バイトの女子学生にたびたびちょ
っかいを出す。店長自身、大学生とは馬が合わないらしく、見て見ぬ振りをするこ
とが多い。副店長は年配なのだが、指導力は全く無く、典型的な事なかれ主義。以
前はパチンコの店員をしていたらしい。いよいよ開店となるが、当初より険悪なム
ードが漂う。店の切り盛りはほとんどバイトが執り行い、店長や主任は何かと無視
される。時々ヒステリーを起こしてはバイトの大学生を怒鳴りつけたりする。本社
との連絡・監視がないのをいいことに、業務怠慢が目立つ。ある時、事前に示し合
せて、大学生の一人をいじめて首にする。フリーターの一人を抱き込み、実行させ
たのである。実質的には、この人物がバイトのリーダー格となった。就業時間中に
隠れてタバコを吸ったり、勝手に店を抜け出してストリップを見に行くこともある。
終業時間にはちゃんと戻ってくる。新人をこき使い、掃除用具入れに閉じ込めては
鍵をかけて電気を消し、扉を足でバンバンと乱暴に蹴ったりする。女子学生にまと
わりつく。ある時、彼のもう一人の店員友達が自動車事故を起こし、民家の一部を
破損。が、すぐに現場を逃走したらしい。一日ほど休みを取り、車体の色を塗り替
える。店長の指示により、店員全員に口止めさせる。一種の隠蔽工作である。不良
仲間を呼び集めては、ただでゲームをさせる。不良の溜り場となり始める。店に来
た客を追い返す。 主任。女を店に連れ込み、同様にただでゲームをさせる。現在
妻とは別居中らしい。商品の縫いぐるみを勝手に女に配るので、常に在庫不足。時
々学生に八つ当たりする。 店長、一切無視。仕事は全くしない。事務所でテレビ
を見ている。時たま本部から視察が来るが、その時だけは愛想がいい。本部社員も
ことのほかゴマすりには弱いらしく、適当に威張り散らしては帰っていく。その後、
店の売り上げの減少に不信を抱いた本部から、内部調査が入る。とうとう発覚。店
長、副店長、主任、全て他店へ移動。店のスタッフも大きな入れ換えがあったらし
い。
[例2] 某大手ファミリーレストランチェーン店 ロイヤルホスト千田町店
組織構成は、キッチン(厨房)、ホール(接客)、ウオッシャー(皿洗い・掃除)
の三つのセクションから成り立っている。キッチンとホールには、それぞれの部署
を管理するリーダー的役割を持つ社員が数名存在する。その他は大半がアルバイト
学生である。ウオッシャーは大概一人か二人で、パートの主婦である場合が多い。
リーダーはいない。特にホールの接客を行なうウェイトレスには、可愛いピンク色
の制服に憧れて入店を希望する女子高生が多い。しかし内実は、システムに様々な
矛盾点を抱えており、出入りが激しいのも事実である。見た目と現実のギャップに
は、大きな開きがあるようだ。この店の場合、立地条件はすこぶるいいのだが、と
りわけ社員の質に問題が多く、それが収益率を落している要因の一つである。他店
からの補填もしばしば。メインのマーケットはファミリー層である。上流階級を対
象とはしていないまでも、本来さほど雰囲気の悪い土地柄でもないのに、来店する
客層にずれが有り、一回の利用における注文単価が低い。回転率も悪い。
厨房の指
揮に当たるのが料理長とキャプテンである。二人とも高卒の社員であるが、以前勤
めていた肉体労働を嫌って流れてきた感は否めない。本人の料理の腕が試される個
人経営の飲食店と違い、料理法は全てマニュアル化されており、本社直営工場で調
理済みのパック袋を湯煎で温めるといった程度で、単純労働的色彩が強い。又、一
日中箱詰めにされたハンバーグのミンチをコネ続けるといった面倒な作業があるに
もかかわらず、給与待遇すこぶる悪く、良い人材が集まっていない。随分と冷遇さ
れてきたのであろうか、陰湿冷淡、恐ろしいまでに頑固である。バイトの学生には
一言の私語も許さず、少しでも反抗的な態度をとるものは、徹底的に虐待する。辞
職するまで続く。ロボットのように無表情で作業をしている。恐れているのであろ
う。絶望感が漂う。料理長とキャプテンのそばを通るときには、必ず一言断り、身
を屈めなければならない。さもないと、怒号が飛ぶのだ。軍国主義的色彩が強く、
たまに女性の調理師も入ってくるのだが長続きしない。職場環境にも問題がある。
稼動人数に比べ職場面積が狭く、コンロの熱によりクーラーが効きにくい。ガスの
煙も多く、お世辞にも環境条件は良いとは言えない。冷汗と脂汗、両方が吹き出し
てくる。必然的にいじめが発生する。連帯感は全く無く、お互いが足を引っ張り合
い、敵意に満ち満ち溢れている。本社自体、キッチンよりホールをより優遇する節
がある。本部社員は全て、大卒かホール出身者に限られ、キッチンである以上、昇
進への道は、まず、望めない。それがますます彼らの心をかなくなにさせているの
であろう。中には非常に真面目で優秀な調理師もいるのだが、そういう人は大手ホ
テルのレストランへ行くか、個人で店を開くか、遅かれ早かれ辞めていく。もとも
と料理人は恐いとか、乱暴だとか、社会的評価が低い。あまりにもウェイトレスを
怒鳴り散らすのでこのような不合理なシステムが出来上がったのだろうが、ここま
で公平さが損なわれると、労働基準法に触れている恐れもある。
一方キッチンと違い、ホールの職場環境はいたって快適である。空調設備は万全、
職場の花形である。キッチンとホール、全く正反対の性質を持つ職場が隣接してい
ることになるが、二つのセクションはガラスで区切られ、実に象徴的である。ホー
ルの指揮に当たるのが、店長と副店長、そしてホールリーダーである。ウェイトレ
スである女子高生を指導する立場上、特に人格、資質、人並み以上に優れた人材が
必要とされるのだが、実際そうは、うまくはいっていない。穴○副店長:31才、4年
生大卒、既婚。一児の父。(現:○町店長、○○。)学生時代、勉学にはあまり
熱心ではなかったらしい。一年ほど、留年している。風俗経験がこの頃ある様な素
振りをしていた。卒後、合コンで知り合った女子大生と結婚。ファーストフード店
に就職。店長を務める。しかしながら、外資系でもあるファーストフード業界は、
ポスト不足で競走が激しく、三十を過ぎて本部入りを果たす者は半数にも満たない。
その他は職場を追われることになる。逆に、実力のある者は、年少にもかかわらず
凄まじい勢いで出世街道を駆け登ることも可能。店員からの信望が薄いこともあり、
彼はこのレースから脱落する。この頃から妻との仲も、次第に冷めてきたらしい。
この店へ再就職。副店長となる。返り咲きを狙う。店長への意欲を燃やす。もと
もと苦労しらずなので、下働きの辛さがわからない。ホールなど、自分の身内に
対しては愛情を示すが、ほかのものに対しては思いやりがない。良く言えば天真
爛漫、悪く言えば陽気で軽薄なボンボン。キッチンと何かとトラブルを引き起こ
す。巡り巡ってキッチンを邪険視するようになる。ウオッシャーをこき使う。言
うことを聞かないと首にする。強引な一面を覗かせる。次第に優越感を持つ。妻
との不仲もあり、心に満たされない思いがある。当然と言えば当然だが、女子高生
であるウェイトレスに囲まれている彼にとって、そこは正にハーレムである。公私
を混同した、ふしだらな態度が目立ち始める。次第に店の健全さが失われてくる。
客層も、ファミリー系からカップル系に変わってくる。同伴喫茶の様相を程す。と
はいえ、さすが感覚に鋭い女子高生、不穏な空気を察知してか、一人、また一人と
消えていく。キッチンから不平不満が出始める。両者の対立が表面化してくる。副
店長自ら、自分のお気に入りの女の子だけを採用する。気を引くために甘やかす。
概して毎度お決まりのことではあるが、過保護に堕落はつきものである。ホールの
質が低下してくる。髪の茶色い女の子が目立つ。仕事もしないでふざけて騒ぎだす。
だんだん横柄になってくる。組織図の上では料理長と副店長はほぼ同地位にあり、
お互い名指しで批判することは許されない。
ホールリーダー:21才、高卒。接客
を担当。高校時代からのプレイボーイ。ガールフレンド多数。何人かには中絶もさ
せているらしい。4年生大学二部に進学。在学中にホストのアルバイトに専念、学
業は放棄、中退。学歴コンプレックスが非常に強い。水商売関係を2、3店経た後、
この店に就職。良くいえばハーフのような顔立ち、悪く言えば不潔でいやらしい。
例えは悪いが、フィリピン人に似ている。キザで気取り屋、いつもニタニタにたつ
いている。バイトの女の子とは良く話しをしているが、普通の女性から見れば、生
意気でなれなれしく思うだろう。暗に秘めた冷酷さを漂わせる。それがもてる秘密
なのかもしれない。人間の成功の条件は、運と努力と才能だと一般に言われるが、
彼の場合、努力家でもなければ、何か隠れた才能があるようにも思えない。が、悪
運だけはついてまわる。正に絶頂期である。非常にちゃちな悪だくみを考え付くが、
恐ろしいようにうまくいく。どす黒いオーラを身体中から発散させる。息の詰まる
思いがする。本当の父親は誰か正確には分からない。幼少期には、いくつもの家庭
をたらいまわしにされている。母親は風俗店に勤めていたらしい。正常な愛を受け
て育っていない。嫉妬心が非常に強い。ゴマをするのがとにかくうまい。それが彼
が生き延びるために残された、唯一の手段だったのだろう。キャプテンに取り入る。
彼のスパイ役を果たすことで、共存関係が成立する。キャプテンの陰口を言う者を
密告する。報酬として、店の女の子を自由にする権利を与えられる。虎の威を借り
る狐である。女の子のアイドルとなる。バイトの女子高生をデートに連れ出し、肉
体関係を強要しようとする。次から次へと摘み食いする。中には拒否する女子学生もいるの
だが、そんな子には、作業服を着させて皿洗いや掃除をさせるだけのこと。気に入
らないバイトには、女に悪口をいわせる。自ら手を汚すことは決してしない。最終
的にはキャプテンがその大学生を首にする。女の子がみんな悪くなって就職できな
くなる。悪くなって行くのを指をくわえて見ていなければならない事は、非常に辛
いことだ。2〜3カ月のサイクルで入れ替えが起こる。苦しむバイトの姿を凝視、
ほくそ笑むこともある。一見、甘えた態度は取るが、休憩室に戻るや、足を組みつ
つスケジュール表を覗き込み、”キッチンはちょっと入れすぎだなあー。”などと
タバコをくゆらせ言ったりする。(勿論私は口外してはいない。)女の子の事で一
度、店長に注意されるも、その後は何のおとがめも無し。
店長:33才、既婚。ホ
テル関係の専門学校を卒業。入社当時は熱意に燃えていたのだが、今はもうやる気
を失っている。30才台にして、はや窓際族の仲間入り。女の子は全てリーダーに
やりたいようにさせて、自分はマイペースでやっている。もめ事を起こしたくない
のだろう。案外、根は真面目である。
キッチン・ホールの雑用は、全てウオッシャ
ーが受け持つ。往々にしてストレスのはけ口となる。組織図の上では底辺に位置し、
口答えは許されない。リーダーとウェイトレスがいちゃついている中、一人エプロ
ンをつけて黙々と掃除に励む後ろ姿に哀愁が漂う。一見、悲惨なようにも思えるが、
ここは意外と穴場で、質のいい人材が集まることが多い。オバさん達が働くホテル
のレストランの洗い場でも連想するのだろうか、窮屈な人間関係を嫌うマイペース
型の大学生などがよく集まってくる。しかし現実にはそれほど自由には振舞えない。
リーダー的な権限は全く無く、キッチン・ホールの徹底的な管理下にある。本来な
ら両者がやるべき仕事まで押し付けられる。契約違反もしばしば。12時間ぶっ通
しで働かされることもある。三つのセクションの中で、一番仕事量は多いだろう。
その中の一人に、塾の先生がいた。40台半ば、国立大卒。一男二女の父。温厚で
物静か。誠実な人柄である。不況の煽りを受け、経営状態がかんばしくないため、
夕方に教室を開いた後、夜、働きに来る。キッチンが自分より遥かに年上の先生に
対し、”ライスプレートサプライ!!”(皿の補給のこと。)などと怒鳴りつけて
は酷使する。副店長が、”おっさん”呼ばわりする。ホールの女子高生も見下すよ
うになる。彼がすく近くでテーブルを拭いているにもかかわらず、無視して社員の
ウェイターとふざけ合っている。”嫌な奴。”とか罵ることもある。優しさのかけ
らも無い。きつい化粧の子が多いし、もともと教師に対してあまりいいイメージを
持っていないのだろう。のけ者にしては掃除を押し付ける。見ていて非常に気の毒
である。社会の厳しさをまざまざと見せつけられる思いがした。
その後、店長とキ
ャプテンは移動、リーダーは退職、しかし、副店長は他店の店長となった事を人か
ら聞いた。「栄うる者は自ずから安らかに、辱むらるる者は定めて禄々足らん。」
やはり今の時代、ある程度の要領の良さは昇格の必須条件なのかもしれない。いつ
かは破綻が来るとは思うが・・・。この店の最大の欠点は、三つの部署を公平に取
りまとめることの出来る人材に欠けている事である。どこかの部署に少しでも片寄
りがあれば、必ず失敗に終る。いかに三者が協力し合うかが、最も重要なポイント
になるだろう。また、本支店間での連携にも問題がある。時折、労働組合を通して
支店事務所に苦情の連絡が入るのだが、情報の伝達はそこでストップする。本社ま
で伝わらない。支店長が敢えて、情報の操作をしている。自らの進退問題に関わる
からである。まだまだ改善の余地は残されているようだ。
「例3」下請印刷会社 クニヤスシール
メーカーの受注に応じ、商品名などを刷り込んだラベルシールの印刷を請け負って
いる。社員数はパートを含め、12〜3人前後といったところだろうか。まず、社
長と専務と主任(共に40代前後)、それに社長の奥さんと姉が事務処理を担当、
そして作業所の印刷機オペレーターが3人、(私はここにアルバイトとして入った)
あと、商品検査と梱包を兼ねた近所の主婦が2〜3人、パートとして働いている。
社長は以前、独立した前の会社から仕事をもらって来ている。ふっくらしていて子
供のようにかわいい顔。汚れを知らない童顔。良くも悪くもおとなしい人。現場の
人間関係が煩わしいのだろうか、一人印刷機を別の部屋に持ち込んでマイペースで
やっている。3人のオペレーターを抱える作業所は、主任と専務が牛耳っている。
仲が良いのか悪いのか、お互いを役職名で呼びあって自己満足に浸っている。我々
は丁稚扱い。最初の紙のセッティングだけ彼らが行い、後のインクの補充や紙切れ
、更に印刷替えの時の機器のシンナー清掃などの雑用は、全て3人にやらせている。
それが楽しくてたまらないのだろう、専務と一緒にゲラゲラ大笑いをあげている。
そうかと思えば急にブスリとふさぎ込み、椅子にふんぞり返って腕組みしながら我
々を監視している。とにかく感情の起伏の激しい人。おまけに太っていて神経質。
目がとびでている。その間、我々は勿論立ったままで、何時間も印刷機からとめど
なく送り出されるラベルシールをチェックしなければならないのだが、これがまた
疲れるのだ。それもそのはず、セッティングの腕が恐ろしく悪い。プロを気取って
いるのだろうが、やたらやり方がせっかちで、やることがとにかくいい加減。印刷
が進につれてずれていき、どんどん歪みが大きくなっていく。それをこと細かく調
整するのが私の役目である。突然、せきをきったように小言を始める。おまえがい
い加減なチェックばかりしているからずれてくるのだというのだ。物凄い責任転嫁。
そこへ専務が出て来て、にたつきながら、あまり苛めてやるなといい人振るわけで
ある。自分になつかないのが気に食わないのだろう、休憩時間をわざと遅くまでず
らしたり、昼休憩を削るなど、嫌がらせをすることがある。そのくせ自分は休憩2
0分前には近くの喫茶店に食事に行き、時間が過ぎた2時間近く後になってようや
く社に戻ってくる。いわばワンマンなのだ。それにも増して嫌だったのは、二階で
荷作りをしているパートの主婦が作業所へ降りて、仕事中でありながら専務や主任
と抱き合って、いいオバンなのに、真っ昼間からあっけらかんとキスをしたりするのだ。一方我々3人
はひたすら無言で機械のそばでチェックをしているわけである。一体どういう風紀
をしているのだろう。
オペレーターの3人は全員若い。私は見習いアルバイトであ
るが、後の2人はここの社員でどちらもネコのようにおとなしい。それに物凄くお
人好し。ゴミを捨てて来いとか言われても、ハイハイ言いなりになっている。よく
我慢しているものだ。もう一人のオペレーターは20才そこそこだが割と古くから
いるらしく、腕がいいのでドラム式の大型印刷機を任されている。これができるの
は、専務と彼一人ぐらいのものだろう。性格もいいし、背も高いし、とにかく優しい。それに格好いい。
私の面倒もよく見てくれた。だが、そんな出来る彼を主任がよく思うはずが無い。ある日社
長がいないとき、ひどく口汚く怒鳴り散らしたらしい。それ以来、社にはパッタリ
と来なくなった。少し気になったらしく、社長が久々に作業所にやって来て、私と
同僚のオペレーターにセッティングをやらせてみろとの事だった。主任もしぶしぶ
ながら同意した。結果としては、私がやったほうがよほど狂いは少ないのだ。一応
建前もあるので彼の言う通りにしていたのだが、とにかくやることがずさんだった。
それで社長から私の腕を大変誉められた。しかし主任はあくまで頑固で、以前、自
分のやり方を押し通そうとする。それで彼がトイレに行った隙に自分流にセットし
なおすのである。これではまるで、キツネとタヌキのばかしあいだ。結局彼が4〜
5年掛けてきづきあげたノウハウを、新人がわずか1月足らずでマスターしてしま
ったわけだから面白くないのも無理はないだろう。
それに私などは、インクの灰色に青が2〜3%含まれているんじゃないかな、
赤が2〜3%含まれているんじゃないかなとか分かるのだが、それを主任は丸々灰色のみでやってしまうので、
シールの見本と色が違ってくるのである。
時々印刷用の紙の仕入業者が出
入りするのだが、これがまたえらくきざな奴で社長の奥さんと仲がいい。若くてホ
スト顔のところが受けるのだろうか、よく一緒にはしゃいでいる。夫に満足できな
いのだろう、食事にも出かけているようだ。スーツを着ているので割りと紳士的に
は見えるのだが、どうも、あの手の顔は族っぽい。パーマも少しパンチぎみだし。
私としては、人を見下した目つきをしている彼らをあまり好きにはなれなかった。
黙々と作業をしている私の横で、平然と奥さんとお喋りをすることもあった。社長
は一向に気にしていない様子。一時雇ったバイトの高校生がいたくお気に入りで、
自分の部屋で働かせている。世間話でもしているのだろう。最初は私に挨拶をして
いた彼も、今では非常につっけんどん。平気で煙草をふかしている。二階のパート
は大騒ぎ、一方、我々オペレーターだけが丁稚扱いなのだ。いい加減ばかばかしく
なって、半年で辞めてしまった。
「例4」家庭教師派遣業
女性が経営者。40才代だろうか。かつては育ちの良い気品を備えていた。副社長
もおそらく同年代であろう。この人も、元々悪い人ではないのだが、そうかといっ
て素晴らしいとも言い切れない。早稲田あたりでも出ているのだろう。確かに仕事
はよくできる。様々なバイトの都合を取り回し、てきぱきとスケジュールに組んで
いく。ただ、せっかち。いつもいらいらしている。完全主義者で自分の考え通りに
人が動かないと気が済まない。喋り方も早口で、簡単な事柄を何度も何度も繰り返
すのでこちらは常にハイハイとうなずくだけ。人をロボットのように動かして満足
している。勉強のできる子=いい子、できない子=悪い子と簡単に割り切ってしま
うようなタイプで、お世辞にも包容力が有るとは言えない。別に彼の悪口をいうつ
もりはないが、顔は日本猿のようでもみあげが長く、体は子供のようにきゃしゃで
ある。それがスーツを着ているのだから、見た目が何か滑稽である。多分別の会社
に勤めていたのだろうが、重用されないので結局辞めるかなにかしたのだろう。”
自分は頭がいいのにないがしろにされた”という思いが劣等感になっている。その
鬱憤をはらすため今の会社で勢力的に働いている。だから少し冷たいところがある
。会社の雰囲気は現在あまり良くない。社運は傾きかけている。これはひとえに副
社長に起因するところが大であろう。本人自身、精神的に自立していないのではな
いだろうか。いつも社長とくっついている。結局、いい成績を収めさえすれば誉め
られていた学生時代の時のように、教育産業から離れられないのであろう。それに
彼の場合、相性というものをあまり考えない。すべて偏差値で振り分けた挙げ句、
人見知りするようなバイトにやんちゃな子供を付けてみたり、逆に甘えん坊の子供
にスパルタ式の教師を付けたりするものだから、それがトラブルの原因の一つにも
なっているのではないか。おまけに、時として、何もそこまで言わなくてもという
くらいクドクドクドクドごたくばかりを並べ立てるので、しまいには無性にムカッ
腹が立ってくるというか、思わずぶん殴りたくなってくる。昔は事務にもしっかり
したいい女の子がいたのだが、今では別の女の子に変わっている。その内一人はも
う休み始めた。辞めるのは時間の問題だろう。私の知っている範囲では、もう3人
変わっている。一年前までは二十階建のビルの三階、半区画のスペースを借り切っ
ていた。テナント料も相当かかっていたろうが、居心地は抜群に良かった。広々と
していたし、事務の女の子もみんな親切だった。それがここにきて、同じビルの七
階へ移った。スペースは従来の半分になってしまった。やたらめったら窮屈で、こ
の頃から社長や副社長が急にいらいらし始めた。事務の女の子やバイトに口喧しく
小言を言うようになり、入れ変わりが激しくなったというわけである。これは相当
経営状態がかんばしくないに違いない。大丈夫だろうか。当然の如く、バイトの学
生から反発が出始めるが、それを押え込むため反目するよう仕向ける。つまり、”
○○君はちゃんと時間が守れるのに君は全然守れない。”とか、”○○さんはお客
様から誠に立派だと誉められるが、あなたは駄目でとてもルーズだと文句を言われ
る。”などといった具合に敵愾心をあおりたてる。結局、君一人が駄目なんだ、う
ちのアルバイトに君みたいないい加減な人間は一人もいないと一人一人に言ってい
る。話しにならない。こういう事をすればますます社風が悪くなるという事くらい、
なぜ気が付かないのだろうか。その上自分は資料を取りに来いと言っておきながら、
いざ行ってみるとできていなかったり、話した内容とたびたび違うなど、空回りす
るところがある。うちの会社もここまでくれば御終いだ。自分はその手に乗るまい
と適当に無視しているのだが、嫌な人にとってはこの上なく嫌に違いない。結局そ
のストレスを派遣先の子供に発散させる。親から苦情の電話がかかってくる。さら
に学生バイトに厳しくあたる。このくり返しである。この悪循環を断ち切らない限
り、この会社に未来はないだろう。(とはいえ、うちはまだまだいい方で、よその
家庭教師はもっと評判が悪いらしい。)
客の側にも問題がある。できる生徒を伸ば
すというより、概して塾では手におえない成績の悪い子が多く、学校からもつまは
じきにされている。切羽詰まって家庭教師にすがりつくというケースが多い。本当
はやさしい子であるにも関らず、勉強ができないばかりに誤解されてひねくれてい
るという例も時にはあるのだが、一般的に言って性格はあまり良くない。どう見て
も学校の教師から可愛がられるようには見えないのだ。いや、性格よりもむしろ家
庭環境そのものに問題がある。保護者自身、職場で冷遇されており、子供は学校で
無視される、その上大学生は遊んでいるふざけた連中というイメージがあいまって、
家庭教師に対しどこか心の奥底で敵意をはらんでいる。従って両者のコミュニケー
ションがうまく取れない。お互い警戒しあう雰囲気がある。今までと違い、最近は
やたらとおかしな客ばかり取り始めた。その一例を紹介しよう。
家族構成は両親と
祖父、高一の姉、そして中一の男の子。この子が指導の対象。事務から手渡された
ファイルには事情により、長期にわたって学校を休学、とにかく”優しくしてくれ”
と書いてある。指導当日家庭を訪問。辺りの空気がやけに重たく暗い。中へ通され
る。恐らく他社の何人もの家庭教師とトラブルを起こしてきたのだろう、母親に睨
みつけられ、”優しく指導してくれ”とせがまれた。部屋へ通され本人と面会、一
目見て、”あっ、こりゃ駄目だな。”と思ってしまった。残酷なことを言うようだ
が。独創性が無いというか、人形が喋っているのではないかと思ってしまうのであ
る。しかし私は満面の笑みを無理して浮かべた。「お母さん隣の部屋にいるから、
何かあったら呼びんちゃい。」と一言残し、母はドアから出ていった。この先どう
なるのだろう。非常に気が重い。父親はどこかの会社勤め、祖父は家で文房具店を
開いているが、儲けはほとんど無い。母親と息子は歪んだ愛情で強く結ばれており、
なおかつ憎しみのようなものが同時に見え隠れしている。近親相姦の一歩手前、完
全に一体化している。これが俗に言う、”マザコン”というやつなのか。自分達の
殻に閉じこもり、どんどん社会から隔絶している。母親は息子の教育に専心、姉は
もう、ほとんど呆れ返って、野球選手ばかりに夢中になっている。家庭はすべて男
の子を中心にまわっており、本人もそれを当然だと思っている。臆病で、多少あど
けなさを残しているものの、どこか攻撃性を秘めている。おとなしく甘えん坊とい
うより自己中心的で、人が全て自分の思う通りに動いてくれないと気が済まない。
そうかと言って、人を思いやるわけでもない。いくら愛情を注いでも見返りが無い。
例えばこれが愛情に飢えた子であれば、何とか人の気を引こうとして笑顔を作ると
か、はしゃいで可愛らしい仕草をするとか、いろいろ考え付くものなのだが、彼は
そういう努力は全くしない。自分を表現する方法を知らないので、少し冷たくあし
らわれただけで、すぐに教科書を投げ付けたり、扉を蹴るような格好をしたりする。
適当におだててやればおとなしくなる。わくわくさせるよう、どきどきさせるよう、
一生懸命理解してやろうと努めるのだが、もの解りが恐ろしく悪く、何度も何度も
同じことを繰り返して教えてやらなければならないので、はっきり言って終いには
馬鹿馬鹿しくなってくる。おまけに図体だけはでかい。私の前では結構いい子にし
ているが、帰った後では随分家で暴れているのだろう。母親があてつけがましく息
子の勉強机の前に、姉と仲良く写っている、可愛らしい子供の時の写真を貼り付け
ている。この母子の愛憎関係は、相当複雑だ。みんなでかまってやっているから何
とかかんとかいい子でいられるわけで、ほおっておけば、悪くなるのは目にみえて
いる。また、本人もそれを薄々知っている。なぜなら、中学校で彼の友達にモデル
ケースがいたからだ。つまり、クラスメートや学校の教師を散々殴りつけた挙げ句、
来なくなったものがいたらしい。自分もいずれそうなるのではないかと、内心びく
びくしているのだ。だから極力自分を押し殺して押さえ込んでいるのだが、時々そ
れが爆発する。そして母親に辛くあたる。何の前ぶれもなく突然怒り狂うので、こ
ちらは一体何があったのだろうかと、びっくりする事がある。右に左に振り回され
る。おまけに学校では成績すこぶる悪く、先生にイヤミを言われている。この前英
語で最低点を取った。という訳で今では登校拒否ぎみになっているというわけだ。
それにしても何で私がトバッチリを受けなければならないのだろう。学校で何かい
やなことがあると、すぐに家に逃げ込むし、親もそれを受け入れる。母はもう疲れ
きっている。家庭教師が父親代わりにされるのだが、彼女が教師に頼って、”この
子はほんと駄目な子。”と気を緩めると、それが息子にとって気に食わない。泣い
て暴れて教師を交代するよう駄々をこねる。死に物狂いで愛さなければならないの
で、心底疲れてくる。ほかにも担当している子供はいるのだ。母子揃って夢を見さ
せなければならない。とにかく、おだててすかして、”お宅の息子は素晴らしい。
何でもできる才能に満ち溢れた、将来性のあるお子様です。”と、終始芝居をして
いたのだが、この前私の会社訪問で指導時刻に遅れたとき、前の生徒の指導が伸び
て時間がずれ込んだと言ったのがまずかったのだろう。なんでうちの子供がよその
子供の後回しになるのか!”と、物凄いけんまくで母が苦情の電話をかけてきた。
(因みに、この会社ではアルバイト学生は雇っていないことになっている。)私自
身、疲れていたこともあり、交代の申し入れがあったので快く受け入れた。この件
以来、私は子供が確実に嫌いになったことだけは確かである。もう一例紹介しよう。
高校三年の女の子。大学受験を控えている。娘の指導権は完全に母親が握っている。
この母がまたとてつもないブランド志向で、典型的な教育ママなのだ。家は新興住
宅地の一戸建て、上流意識が特に強い。しかし家庭の中には温もりが無く、息苦し
さと重苦しさが張り詰めている。娘は気さくでいい子なのだが、心の中では母を心
底憎んでおり、かなりしょうすいしている。宮沢りえと光子ママを思い浮かべてい
ただければ、およそのイメージは掴めるだろう。母の傍を離れたい一心か、英国へ
の留学を希望している。彼女とは意外と気が合って、和気あいあいと一緒に勉強し
た。しかしそれが母には気に食わない。エリート教師でも連想していたのだろう。
初回で交代させられた。(馬鹿な教師で悪かったね。)
しかしここまで書くと、嫌
なことばかりではないかと思われるかもしれないが、まんざらそうでもない。私は
ほかに小学生の女の子を数名、担当したことがあるのだが、これは楽しかった。因
みによくテレビなので、家庭教師が異性の教え子とエッチをしてしまう話しがある
が、はっきり言ってあれは嘘である。最近は特に保護者の目が厳しいし、第一私は
ロリコンではない。万が一でもそんなことをしでかせば、即刻裁判に訴えられるだ
ろう。
戻る